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アルゴリズミック中央銀行「Basis Protocol」の仕組みと疑問

Basis

今日はステーブルコイン関連のプロジェクトである「Basis Protocol」について見ていきたいと思います。Basis ProtocolはネイティブトークンであるBasisトークンの価格を一定の収束させ安定させることを目指しています。

MakerDAOのDAIとは違い、担保資産に基づいたものではなく、貨幣数量説に基いて、各プレイヤーにインセンティブを与えることでトークンの供給量を調整することによって、価格の安定を実現しようとするものです。

Basisにはアンドリーセンホロウィッツ等のベンチャーキャピタルが投資をしており、既に1億ドル以上の資金調達を行っています

Basis Protocol

公式ページにホワイトペーパーやFAQが用意されているので、細かい部分もチェックしたい方はそちらもご覧下さい。

ホワイトペーパーには、価格安定を実現するための簡単な理論の紹介や、ブロックチェーン外の情報をブロックチェーン内で使用するためのオラクルの説明などがなされているのですが、本記事では最も重要だと思われるトークンの設計について見ていきたいと思います。

特に、「Basis Tokenの価格高騰を抑えるために供給量を拡大する場合はトークンを発行すれば良いだけだけど、逆に価格が下落した場合に、本当に供給量を絞ることによって価格を元の水準に引き上げられるのか?」という点に焦点を当てています。

トークン設計の客観的な説明

ホワイトペーパーの13ページに、Basis Protocolを成立させるための3つのトークンが紹介されています。それぞれ「Basis Token」、「Bond Token」、「Share Token」です。以降、省略して、Basis, Bond, Shareという名称を使います。

Basis

Basis Protocolのコアとなるトークンで、何らかの指標にペッグさせることができます。ホワイトペーパーではUSDに紐付けることを仮定して説明がなされていますが、USDでなくても構いません。価格が安定しているという特色を使い、貨幣と同じように交換媒体物として用いられることが期待されます。

では、担保資産もなしにどのように価格を安定させるのでしょうか?1Basisの価格が1USD以上になったときはBasisを新規発行して希釈すれば良いだけなので、簡単ですが、問題は1Basisの価格が1USD以下になったときです。

ここで、Bondが登場します。

Bond

Basisの供給量を収縮させたい場合、Bondが発行されます。Bond自体は何かにペッグされているわけではありませんが、後述する「一定の条件」を満たした場合に、1Bond = 1Basisで交換することができます。

Bondはオークション形式で価格が1Bond < 1Basisになるように売りに出されます。これだけ見ると利息がゼロである割引債のような働きをすることが分かります。

では「一定の条件」とは何でしょうか。

  1. Basis ProtocolがBasisを新規発行するとき。つまり、Basisの供給量を増加させるとき。
  2. Bondが作られてから5年以内であること。つまり、5年の期限を超えたBondは交換できなくなる。
  3. 手持ちのBondよりも前に発行されたBondが既に交換されていること。FIFO(First In, First Out=先入れ先出し)の原則が適用される。

要は「今は1Basis < 1USDになっているけど、5年以内にBasisの供給量は拡大し、既に発行されているBondは全てBasisに交換されるだろう」という期待をする人が、自身のBasisとBondを交換するわけです。

ここに関しては疑問があるので、後述します。

Share

Shareの供給量は固定されています。ShareもBondと同様に何かにペッグされているわけではありません。Shareの価値は配当に依ります。Basisの供給量が拡大する時、Shareホルダーは自身のShareの保有率に比例して、新規発行されたBasisを受け取る権利を有します。

ただし、交換待ちのBondがある場合、BondとBasisの交換が優先されます。

Bondのシステムの主観的な感想

Bondは割引債と同じような仕組みですが、Basis ProtocolのBondは満期が設定されていません。いつ手持ちのBondをBasisに変換できるか分からず、5年の期限を過ぎてしまうとBasisに変換することはできなくなってしまうため、Bondの現在価値を算出する場合には、これらのリスクを勘案する必要があります。

Bondの現在価値

1USDで償還される無リスクの債権の場合

PV(=present value) = 1/(1+r)^n
r = リスクフリーレート、n=満期までの年数

で現在価値を表すことができます。

いきなり数式が出てきましたが、「今手元にある100USDを利率5%で銀行に預けておけば一年後には105USDになっているから、今すぐに使える100USDと1年後に貰える105USDは同じ価値であると見做すことができる」という話です。2年後なら100×1.05×1.05なので、nが2になるというわけです。このrにどの値を採用するかは、その時点での米国債の金利などに依存します。

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ただし、Basis ProtocolにおけるBondには、先述したように様々なリスクがあるため無リスクではありません。PVはrとnの値に依存しますが、Bondの場合、償還日が不明な上に、そもそも償還されるかも分かりません。またプロトコル自体にバグがありまともに動かないケースや、Basisの利用が拡大せず、Bond償還の条件を期限内に満たすことができないケースが想定されます。

故に将来的にBasisと交換されることを目論んでBondを購入する場合、rとnを自身で予想して、Bondの現在価値を図る必要があります。

例えばr = 0.3, n = 3の場合、PVは0.455になるので、Bondがこれ以下の価格の場合、購入を検討できます。

当然、BondのPVが下がれば下がるほど、Basisの供給量を絞るために新規発行しなければならないBondの数量が増えていきます。

Bondの構造

Basisの価格下落を是正するために、Bondを発行することにより、Basisの供給量を絞るわけですが、Bondの価値自体がBond購入後のBasisの拡大可能性に依存しています。Bondを購入した後に、Basisの供給量が拡大しなければ、先述の条件を満たすことはなく、Bondを償還できないためです。

価格が1Basis < 1USDとなっているとなっている状態で、将来的に1Basis > 1USDとなることを期待して、Bondを買う行為は合理的であり得ます。ただし、そのためにはBasisが新規発行される必要があります。Basisが新規発行されるのは、1Basisの価格が1USDを上回ったときです。

1Basisの価格を1USDに引き上げるためのBond発行であったはずなのに、Bond購入が1Basis > 1USDとなることへの期待に依存しているのは、システムとして堅牢と言えるのでしょうか。

Basis FAQ | Could a crisis of confidence cause a death spiral in the system?

このあたりのことは公式も当然把握していて、「Bond価格に下限を設定する(最初は1Bond > 0.1Basisが下限)」、「Bondの償還に5年間という期限を定めることで、償還待ちのBondが増えすぎないようにする」などを対応策として取っているようです。

ただし、Bond価格に下限を設けたところで、Bond価格がPVを下回っていれば買われませんし、Bondの償還に期限を求めるということは、Bondの購入リスクを高めることになるので、Bondの潜在的な購入者は償還期限切れのリスクを織り込んでrを計算するため、rが上昇します。rが上昇すれば、PVが下がります。PVが下がれば、Basisの供給量収縮のために必要なBondが増加します。Bondが増えれば、償還待ちのBondの列が長くなります。

Death spiral対策として講じられた2つの施策もまた同じような問題を抱えている気がするのですが、何か見逃しているのでしょうか。冒頭でも書いた通りBasis Protocolは日本円にして100億円以上集めているプロジェクトです。

トークン設計を見る限りでは、余程上手く事が運ばない限り、アルゴリズミック中央銀行を実現して通貨発行益を手中に収めるのは難しい気がしますが、Basis Protocolには以下に挙げる33の投資家がいます。

Andreessen HorowitzGVProtos
Ausum VenturesHex CapitalSky9 Capital
Bain Capital VenturesINBlockchainSlow Ventures
Blockchange VenturesJune FundSora Ventures
Ceyuan VenturesKevin WarshStanley Druckenmiller
Digital Currency GroupKindred VenturesUnderscore VC
Distributed GlobalLightspeedValor Capital
Fabric VenturesMetastableWing VC
Fresco VCNFXZhenfund
Foundation CapitalPantera Capital1confirmation
Gumi CryptosPolychain Capital1kx

これだけの投資家が資金を投下している以上、この記事に書かれていることが間違っている可能性があると考えるのが自然です。

公式アカウントにも質問を行いましたので、新たな情報を得られたら、また更新したいと思います。