ICO旋風が吹き荒れた2016年、2017年とは対照的に2018年は「我々はトークンセール(ICO)を行わない」と宣言するプロジェクトが目立ってきました。あるいはICOはするけれどもプリセールで売り切ってしまったり、適格投資家のみを対象にしているプロジェクトも散見されます。
ICO自体は元々はDAO(分散型自律組織)のように法的な主体を持たないが故に資金調達できない組織のために活用される期待がありましたが、既に散々批判されているように簡単で無責任な資金調達手段として多用されました。
ICOを行わない企業はAndreessen HorowitzやSequoiaのような投資会社やBitmainのような事業をメインにするが投資も行っている会社、あるいは個人投資家から資金調達することが多いです。
ConsenSysのようにグループ自体が数十のプロジェクトを統括していて、資金調達やインフラ支援を行いつつ、プロジェクト単位でICOを行うような組織もあります。
以下ではDharmaとDFINITYによって発表された意見をもとに、ICOの問題点、あるいは有望なプロジェクトが何故ICOを行わなくなったのかを整理していきたいと思います。
ちなみにDharmaはトークン組み込みモデルの未成熟さ、DFINITYはKYCなどの法的側面に着目した記事になっています。
トークンセール(ICO)を行わない理由
一言でいうと「ユーザーにとってもチームにとっても益よりも害の方が大きいからICOはやらない」ということになるのですが、まずはDharmaの主張を見てみましょう。
Poorly considered token models engender poor end-user experiences, unclear routes to value capture, technical lock-in, speculator-driven instead of builder-driven community, and regulatory uncertainty
下手に設計されたトークンモデルは酷いユーザーエクスペリエンス、価値獲得への不明瞭なルート、技術的な停滞、(プロダクト)構築ドリブンではなく投機ドリブンのコミュニティ、規制の不確実性をもたらす
トークンセールによって多数を利害関係者にすることができるが…
以下の図が示すようにトークンセールの一つの利点は、トークンの初期ホルダーにネットワークを拡大させるインセンティブがあるため(=プロジェクトの強い利害関係者になる)、勝手にエヴァンジェリストとして活動してくれる点にあります。
Dharma isn’t currently doing a token sale, and here’s why
トークンの初期保有者は投資リスクを負い、ネットワーク拡大のための労力を投下することにより、ネットワーク拡大後のトークンの値上がりによって利益を得ます。
ただ、これにはいくつか問題があって、まず第一にトークンをプロジェクトに組み込む必要があります。トークンを売るためにはトークンを生み出さなければならず、そのトークンに価値を持たせるためにはトークンに役割をもたせる必要があります。
課題があり、その解決策としてトークンを採用するのではなく、トークンありきで課題がでっちあげられる可能性もあるわけです。
さらに強い利害関係者となったトークンホルダーはエヴァンジェリストとしてプロジェクトの布教を行う必要があるため、情報に偏りが生じます。プロジェクトの開発チームにとってさえ迷惑なくらいにプロジェクトを過剰に宣伝する人々が現れるのはこのためですね。
トークン組み込み型モデルでの価値創造
上述したように「課題解決のためのトークンではなく、トークンのための設計」になると、それはもう明確に悪なわけですが、一定の市場価格を持つトークンだからこそ、可能になるアプローチもあります。
例えばEthereumのスケーリングソリューションであるPlasmaのホワイトペーパー12ページ目を見てみましょう。
As the Plasma chain requires the token to secure the network in a Proof-of-Stake
structure, stakers are disincentivized against Byzantine behaviors or faults as that would cause a loss in value of the token.PlasmaチェーンはPoS構造においてネットワークの安全性を確保するためにトークンを必要とするが、これによってステイカーはビザンチン将軍問題を引き起こすインセンティブを失う。何故ならそのような行動はトークンの価値を減少させるからである。(意訳)
システムに面倒を起こすだけの能力がある人間には、面倒を起こした時に得られる利益以上の利益を提供する、もしくはそれ以上の損失を与えることを明確にすることによって、システムの安全性を確保するという設計ですね。
一方で、トークンの活かし方は未だ発展途上であると言わざるを得ません。トークンを有効活用できているプロジェクトがほとんどないことからも、有識者や著名な開発者も含めて、トークンの活用方法は未だ発見されていないといっても過言ではないでしょう。もちろん証券型トークンのように技術的に今すぐ適用でき、且つ大きなインパクトをもたらすようなものもあります。
DharmaチームのBrendan Forster氏も以下のように述べています。
But token models are immature, and it’s not clear that any current token designs will reliably accrue value even if their parent products are successful.
It is fundamentally dishonest to sell tokens to users under the guise that they will accrue value with the network’s growth if the economics behind this value accrual are unsound.
しかしトークンモデルは未成熟であり、仮にプロダクトの開発に成功したとしても、現状のトークンデザインが確実に価値を生み出すかは明瞭ではない。
ネットワークの拡大に伴って価値を生じさせるという体裁でトークンをユーザーに売りつけることは、もしこの価値獲得の背後にある経済が不健全なものである場合、根本的に不誠実である。
トークンの存在が技術的進展を阻害するケース
暗号トークン(暗号通貨/仮想通貨)の世界は未だ発展途上なので、技術的にも経済的にも不安定且つ、急成長中です。故にプロダクトの設計を抜本的に改変することもあるわけですが、トークンセールを行って資金調達した場合、どうしてもトークンホルダーに対して経済的被害を与えないような(=トークン価格が少なくとも下落はしないような)変更をする必要が生じます。
これによってプロジェクトの可動域は一気に限定されてしまい、事業転換も難しくなってしまいます。トークンホルダーのエヴァンジェリスト活動も手伝ってネットワークが拡大してしまっている場合、利害関係者の説得が可能なラインを超えてしまっているので、投資家を説得した上で転換を行うのもまず不可能でしょう。
一定の資産(数億円)や収入(年収数千万円)を持つ適格投資家やAndreessen Horowitzのような機関投資家に絞って資金調達を行えば、利害関係者の少なさから、素早い事業転換も比較的簡単になります。
法的に裁かれる可能性に常に晒される
既にいくつかのプロジェクトがSECから警告を受けていたり、中国では返金が命じられたりしているように、法規制が定まっていない段階でトークンセールを行うと、将来的に当局との協力コストが生じたり、いつ当局に刺されるか分からないという精神的に不健全な状態に置かれたりと、間接的な費用を払い続ける必要があります。仮にプロジェクトチームに悪意がなかったとしても、法整備が追いついていないが故に、法的にクリアな状態でプロジェクトを進めることができないのもストレスになるでしょう。
DFINITYチームの発表は、KYCやAMLのような法的側面に注意を払っているように見受けられました。
それでもトークンセールは生き延びる
これは個人的な意見ですが、多くのクリプト系プロジェクトが従来の投資会社等から出資を受けられるのは、取りも直さず、投資会社がそこに投資妙味を見出しているということです。そしてそれは、ICOの熱狂とそれに伴うICO投資による莫大なリターンを投資会社が目の辺りにしたからこそでしょう。
故にトークンセールによる資金調達と投資会社からの資金調達は全く別個のものではなく、そこに働いている原理は同じです。投資家は個人であろうが法人であろうが、適法だろうが違法だろうが、リターンを求めて投資を行うわけで、トークンセールによる幅広い個人からの資金調達も、投資会社からの資金調達も、本質的な利点や欠点は大きくは変わらないだろうと思っています。
今はただ単にプロジェクトチームにとって、あらゆる資金調達が容易であるが故に、よりリスクの低い方を合理的に選んでいる、というだけだと思います。法整備の状況次第ですが、数か月から2年くらいの期間を経てトークンセールはより一般的になるでしょう。