『マスタリング・イーサリアム』の翻訳に参加しました。

中世ボローニャ大学モデルで暗号通貨メディアを運営する

オピニオン

今日はメディアについて書きます。

1月15日に以下のツイートをして、結構な反応があった通り、暗号通貨界隈におけるメディアの方向性については多くの方が関心を持っていると思われます。

政治や経済、あるいはスポーツなど既に一定の地位を獲得している分野は、大手のメディアが比較的質の高い情報を日々提供してくれますが、暗号通貨のような萌芽期にある分野はカバーされません。こういう分野は大手メディアではなく、個人メディアの方が質の高い情報を提供することが多いです。大手メディアにとって、新しい分野の記者を自社で育てるのは割に合わない上に、大手メディアと個人の有識者の関係が確立されていないので、適切な人選を行い外注を行うことも難しいのが現状です。

問いと要点と結論

「暗号通貨の情報を効率良く、持続可能性のある形で収集したいが、どのような形が考えられるか?」

  • 個人メディア
    持続可能性がない、処理能力に限界がある
  • 大手メディア
    人員がいない、中立性の確保が難しい

「同一のテーマに興味を持っている人が、集団購入の形で個々のリサーチャーにレポートの執筆を依頼すれば良いのでは?」

  • 単発では、同一のテーマに興味を持っていて且つコストを払う意志のある者同士で集まるのが難しい
  • 情報を収集したいだけなのに、それ以外の部分で発生する時間コストが大きすぎる

「学生が集まり教員を雇うボローニャ大学モデルを基本とし、特定の分野のレポートを定期的にコミュニティ内で共有する?」

  • 時間コストは節約できるが、情報自体も圧縮されるため、どの部分の情報を圧縮するかはレポートの執筆者に委ねられる
  • “大学運営者”に相当する人員なり組織なりが必要になる
  • 受動的に情報を受け取れる代わりに、どのようなレポートを誰に書いてもらうかは”大学運営者”に相当する主体に委ねられるので、自らが望む情報が手に入るとは限らない
  • 最初は”大学運営者”に相当する人間がレポートの執筆を兼務すれば、その”大学運営者”のレポートを読みたい者にとっては問題はない
  • ただし、”大学”に相当する主体、レポートの提供者、学生の三者にとって公平なシステムが不可欠

個人メディアの限界

個人メディアには大きく分けて2つの問題があります。持続性の問題と処理能力の問題です。

持続性の問題

暗号通貨に限らず、一般にメディアが提供する情報の質と収益性は比例しません。極めて質の高いメディアを運営する企業が、そのメディアだけでは収益を確保できないので、驚くほど質の低いメディアも並行して運営するのは珍しいことではありません(質の低い≠下品、ここではコピペキュレーションサイト等を指しています)。

例えば政治の分野で質の高いメディアを運営したところで、大したPVは集められず、広告モデルを脱却して有料記事を提供しようにも大手には勝てません。これはメディア運営者の多くが苦しむところでしょう。善悪や高低の問題ではなく需給の問題です。メディア買収の際も、結局評価されるのは大手メディアがカバーできない部分で、既に大手がカバーしている部分を個人が質と量において凌駕するのは至難です。

暗号通貨の個人メディアで収益を確保しようと思えば、取引所が提供しているアフィリエイトプログラムを利用するのがベストです。ただし、このアフィリエイト報酬を最大化する過程で提供される情報は、取引所をまだ開設していない層をターゲットとしています。故に既に取引所を開設している層は主なターゲットではありません。

自分が応援しているプロジェクトや興味のある仕組みを紹介するブログは幅広いユーザーをターゲットにできますが、時価総額の大きなプロジェクトの場合、個人レベルの弱小メディアが価格に対して有する影響力など無に等しいので、市場価格に影響を与えキャピタルゲインを得ることはインセンティブにはなりません(Ethereumをテーマにしているこのブログがその典型です)。時価総額の低いプロジェクトを紹介する場合、一定の影響力を持ちえますが、利益相反が起こるような情報を提供しないインセンティブが働くため、信憑性に疑問が生じます。

処理能力の問題

仮に中立的で、信憑性の高い個人メディアがあったとしても、個人レベルでできることは限られています。例えばEthereumに限定しても、調べておくべきことは多岐に渡ります。以下のリストは大雑把な分類を行った場合のトピックです。

  • Casper
  • Sharding
  • Web3
  • Plasma
  • Sidechain
  • Governance
  • Cryptoeconomics
  • Oracle
  • Statechannel
  • Stable coin
  • Interoperability
  • DEX, Swap

どれも主要テーマと呼んでも良い分野であることには同意して頂けると思います。これらはあくまでEthereum経済圏のベースに近い部分の話で、DappsやDappsのためのプラットフォームは含まれていません。当然ながらこれらのトピック全てを一人で網羅するのは不可能に近いです。仮に理解が可能であったとしても、アウトプットはインプットの何倍ものコストがかかるので、何らかの強いインセンティブがない限りアウトプットに至ることはありません。

さらに、高い理解力を持った人はメディアではなく開発の分野で活動する場合が多いので、社会におけるメディアの重要性が高かったとしても、個人レベルでメディアに関わるインセンティブは決して高くありません。

大手メディアの状況

日本語メディアで質の高い情報を提供するメディアとしてはビットバンクが運営するビットコインニュースがあります。取引所を運営しているためメディア単体で収益を上げる必要がないのが強みです。話題はやはりビットコインが中心です。

暗号通貨は英語での情報収集が主で、玉石混淆ではありますが、絶対数が多いので、取捨選択さえできていれば質の高い情報を入手することが可能です。質の高いメディアとしてはVitalik等によって創刊されたBitcoin Magazineが挙げられます。特にAaron van Wirdumの記事は質が高く、いつも驚かされます。取引所系だとBitMEXのレポートも上質なものが多いです。

ただし、英語ができたほうが圧倒的に有利なのは、開発者が英語で発信することが多いからであって、英字メディアからであれば十分な情報を確保できるといえば必ずしもそうではない、というのが個人的な感想です。英字メディアでも明らかな間違いがあったり、他メディアの引用を主な業務とするところは少なくありません。特に一次情報が英語以外の言語で発せられた場合、この傾向が一気に強くなります。

また知名度や浸透度の理由から、ビットコインに関する情報が最も高品質であり、知名度が下がるに連れて情報の質も下がる印象があります。例えばビットコインであればBIPをGoogleで検索すればGitHub以外にも解説記事が出てくることが少なくありませんが、EIPになると情報量が一気に減ります。

ボローニャ大学モデル

大学 – Wikipedia

中世の大学の中でも最初期の代表的なものはイタリアのボローニャ大学とフランスのパリ大学である。ボローニャ大学は自由都市国家ボローニャで生まれた。11世紀末以来、『ローマ法大全』を研究したイルネリウスをはじめとして多くの法学者が私塾を開いていたボローニャは、法学校のある学都として有名になり、ここに各国から集まってきた学生たちが市民や市当局に対して自分たちの権利を守るために結束して作った組合が大学の起源である。この意味での大学は自然発生的に成立したものであるため、創立年を明確に示すことはできない[3]

中世の大学は、キャンパスを持たなかった。授業は教会や家のように場所が使える所ならどこでも行われ、大学は物理的な場所ではなく、学生のギルドと教師のギルドが1つにまとまった組合団体として互いに結び付けられた諸個人の集まりだった。

大学は一般に、教師に給料を支払う者に依存する2つのタイプに従って構成されていた。最初にできたタイプはボローニャにおけるもので、学生が教師を雇い給料を支払う。第二のタイプはパリにおけるもので、教師は教会から給料を支払われる。この構造的な違いは他の特徴を作り出した。

私は大学の歴史など全然知らないので、あくまでWikipediaの受け売りになってしまいますが、上記で説明されているようなモデルは暗号通貨メディアにも適応できる可能性があります。社会にとって必要なものほど低価格、もしくは無料で提供されるべきであるという考えに同意する一方で、社会に未だ広く浸透していない分野においては、ギルドのようなものを作って、目的に応じて離合集散できる個人の集団、疎結合によって緩やかに繋がる組織として活動する方が結果的に自身の資源を有効活用できる思います。

このような組織は、今までは人材の流動性の低さや労働を集約しないことによる非効率性の問題で成立に障壁がありましたが、条件が整えば稼働が可能だと思います(ただし優しい独裁者のような主体が必要)(独裁制よりも寡頭制の方が近いかもしれない)。

「有料でも良いので、この方にこの分野のレポートを書いて欲しい」と思うことはありますよね。ただし、個人で依頼する場合、「予算が足りない」「せっかく書かれたレポートが一人の手にしか渡らない」という問題があります。

そこで、上記のボローニャ大学のように、情報を入手したい人々が集まり共同で、技術者や有識者にレポートの提供を依頼するという手段が考えられます。

有料であっても情報を入手したい人が一定数いることは、有料のオンラインサロンやクローズドコミュニティ、メルマガなどを見れば明らかですが、問題はレポートの提供者のインセンティブです。

まず先程も述べた通り個人メディアには限界があり、経済的報酬を狙うためには実は限られた手法しか使えないので、その手法を使いたくない方にとっては、このモデルに参加するインセンティブがあります。

ただし、その際は、「対価を受け取っている」という感覚がレポートの提供者、学生、”大学の運営者”の全員に必要です。完全な分散型組織ではないので、全ての会計をクリアにする必要はありませんが、通常のメディアに対する寄稿システム以上の透明性と動機付けは必要です。何故なら、そうしなければ組織の拡大とともに上昇するであろう利益が組織の主宰者の元にのみ流れ込み、組織自体が拡大に伴って自発的に改善することがないからです。

もちろん、そのような従来型のシステムもありだとは思いますし、むしろ安定化が比較的容易で、上手く行けば非常に強固であるとも思います。会員は費用の代わりに情報を受け取り、その情報の価値が価格を上回っていれば購入を続けるような形です。ただ、そのやり方だとレポート提供者のインセンティブがかなり低い上に、会員がシステムの運営に関わる部分が最小限になってしまうので、組織としての可動域が狭くなってしまいます。

会員数と売上に応じて、一定の割合が情報提供者に分配される仕組みを作り、売上の絶対額が一定値を上回る場合には情報提供者の数を増やしていくような仕組みがあれば、情報提供者にとっても会員にとっても、この緩く繋がる組織の拡大に協力するインセンティブが発生します。

2018年の情報収集

何故こんなことを書いているかというと、私自身が暗号通貨関連の情報収集に限界を感じているからです。時間の経過とともに、情報量と技術的難易度の両方が同時に上昇しているため、「やるべきことの多さに自分の能力が追いついていない」という不足感が常態化しています。

これが単に「不必要な情報を追っていて取捨選択できていないから」という理由によるものであれば問題はないのですが、そうではありません。必要な情報に限っても追いきれないのが現状です。そもそも明らかに無価値な情報以外は、ある程度情報を追ってみないとその価値が分かりません。暗号通貨以外にやりたいこともありますし、仮に暗号通貨に費やす時間を増やしたところで焼け石に水であることは明らかなのが辛いところです。

故に時間を節約できるような情報を共有できる仕組みが必要だと感じています。以前からツイートしている通り「目的に応じて離合集散を繰り返す個人」を増やすことには前々から興味を持っていたため、この路線で何かできないか考えています。

法的な理由で、法定通貨決済と中央集権的なシステムをベースにする必要がありますが、Aragon等を使って実験的にDAOっぽく運営したり、プロジェクトベースで他の組織と共同したりすることは社会実験としても試してみる価値があると思っています。

理想を語りすぎているとは自覚していますが、話の骨格は真面目です。