『マスタリング・イーサリアム』の翻訳に参加しました。

e-Residencyを用いたエストニア非居住者によるエストニア会社設立に関する情報のまとめ

ご紹介

エストニアのいわゆる電子居住権「e-Residency」が側面が注目されています。e-Residencyはエストニア人以外でも取得することができ、エストニアで会社設立が可能というものですが、居住権やビザは与えられません。

公式サイトでは銀行やレンタルオフィスなど、様々な外部サービスが紹介されてはいますが、全てのe-Residenctがサービスを享受できることを保証するものではなく、特に銀行開設を断られる人は一定数いるようです。

また、基本的に税金は居住国で収める必要があるため、エストニアに企業を設立しただけで、エストニアの税制を利用できるようになるわけでもありません。

これは日本人が「非居住者」になる要件が非常に厳しく、実態として日本に住んでいない客観的な状態を保持する必要があるのと同じで、エストニアの税制を有効利用するためにはエストニアの居住者になる必要があると思われます。

また日本国内でビジネスを行う場合は、国内源泉所得や租税条約の例外規定に注意する必要があります。

e-Residencyに関する情報は豊富なのですが、公式サイトでも一つのページに統一されておらず、e-resident.gov.eeやwww.emta.eeの両方で情報が提供されていたり、Mediumに記事もあったり、更にはFacebookにも非公式グループがあったりと、まとまった情報がなかったので、本記事ではそれらの一次情報、もしくはそれに近い情報を簡単にまとめておくことを目的としています。

※私は税務や法律の専門家ではありませんので、最終的にはご自身で専門家や一次ソースにあたって判断して下さい。何も責任は取れません。

エストニア「e-Residency」について

公式サイトで簡潔に説明されています。

簡単にいえばエストニア政府が発行するデジタルIDをエストニア国民以外にも提供し、それを使ってエストニア内に会社設立ができるため、EU圏外にいる人間も、EU圏内であるエストニアで会社設立することによってEUマーケットへのアクセスを得られます、という話です。申請に約100ユーロを支払う必要があります。

日本語のe-Residencyに関する情報は、やはり法人税(再投資と内部留保は0%、配当時に20%)に焦点を当てたものが多いですが、実際にe-Residencyに申請する人の主な理由は「面白そうだからとりあえず触ってみたい」でしょう。

申請方法や税制に関する情報は他のブログ等でも触れられているので、この記事では触れません。この記事では実際にe-Residencyを活用する際の実践的な疑問と、その答えをまとめていきたいと思います。

e-Residentが使える銀行やレンタルオフィス

銀行もレンタルオフィスも公式サイトが紹介しているものを使うことが多いようです。銀行はHolvi, レンタルオフィスは1Officeが人気ですね。オフィスは選択肢が多数ありますが、銀行はHolviがメインで、後はRevolutの名前もちらほら見かける程度です。

Banking & Fintech – e-Residency

Holviは口座維持費に費用がかかります。€9/month, €18/month, €98/monthとプラン別に別れています。真ん中のプランは少し前まで35EURだったはずですが、値下げされたようです。

Holviはフィンランドの企業ですが、e-Resident向けのサービスに力を入れています。

伝統的な銀行はエストニア現地に赴く必要があったり、e-Residentからの口座開設を断ったりするケースもあるようです。

その他の銀行としてはRevolut, N26, Transferwise Borderless Accountあたりが有名ですが、e-Residencyを用いて設立した企業のビジネスアカウントがスムーズに開設できるかは不明です。

Virtual Office & Contact Person – e-Residency

エストニア法人を設立するためには住所やコンタクトパーソンの指定が必要ですが、それらを提供するのがバーチャルオフィスです。1Officeの場合、年間費用は290€です。

e-Residency取得後、もしくはe-Residencyを用いた会社設立後に注意すべき税制

Tax residency is different from the Estonian e-residency | Estonian Tax and Customs Board

E-residency does not have any direct influence on the tax residency. Being an Estonian e-resident does not mean that you become the Estonian tax resident.

An individual is a tax resident in Estonia if

  • his or her place of residence is in Estonia or
  • he or she stays in Estonia for at least 183 days over the course of a period of 12 consecutive calendar months.

E-residencyを取得したからといって、個人が影響を受ける税制が変わるわけではありません。つまり居住地が重要になります。

他のテキストも確認してみましょう。

Head of the Tax Department at the Estonian Tax and Customs BoardのEvelyn Liivamägi氏による投稿をご覧下さい。

How do e-residents pay taxes? – E-Residency Blog – Medium

At first, companies established in Estonia through e-Residency are automatically tax resident in Estonia. It is then the company´s duty to also pay taxes in other countries according to their law if the source of taxable income is there.

エストニアに設立された法人は、エストニアにおける課税対象にはなります。ただし、所得の源泉が他国にある場合、その国でも課税対象になります。

ただし、租税条約が結ばれている国であれば、二重課税によって不利な税制にならないように調整されています(この場合、居住国とエストニアの間で結ばれている租税条約も確認しておく必要があります)。

If your company has a strong presence in one country then this will be simple to determine, but if your company is operated across multiple countries then you will likely need help from a qualified tax adviser that can look at your unique situation. This can even affect very small companies and one-person companies because founders might be travelling and working at the same time or collaborating across borders.

問題となるのは、複数の国に分かれて事業を行っている場合ですね。これに関しては明確な回答は用意されておらず、個別に専門家に相談する必要があるようです。創業者が一人で運営しており、その人物が国を跨いで移動する場合も同様。

e-Residencyを利用してエストニアに法人を設立したい人の中には国を跨いだ移動が多かったり、メンバーが複数の国に分散していたりすることが多いでしょう。その場合、e-Residencyを用いて比較的簡単に法人登記ができるかと思いきや、日本国内で登記するよりも煩雑な確認作業を登記前に行わなければならないという本末転倒な事態にもなり得ます。

e-Residency and Tax Residency – e-Residency

An Estonian company registered through e-Residency is automatically tax resident in Estonia as according to the Income Tax Act a legal person is a tax resident if it is established pursuant to Estonian law. If a natural or legal person is regarded to be Estonian tax resident, it should also be taken into account whether the same person is tax resident of any other country under the law of the foreign country. In such case the tax residency in Estonia will depend upon the tax treaty between Estonia and the foreign country.

e-Residencyを通じて設立された法人はエストニアで課税対象となるが、他国においても課税対象となっている場合、租税条約の確認が必要。

In general, if business activity is conducted online and you receive income from around the globe, your Estonian OÜ would be tax resident in Estonia. However, if your business activity is conducted physically in a different country your company is likely to be taxed there too. When the company’s activities abroad create a permanent establishment the business profits attributable to the permanent establishment are taxed in the country where it is situated.

基本的にビジネスがオンライン上で行われ、世界中から売上がある場合、エストニア法人はエストニアにおいて課税対象となる。しかし、他国において物理的にビジネスが行われている場合、その国でも課税対象になる可能性が高い(physicallyというのは所謂PE(=恒久的施設)を指しているのだと思います。ちなみに代理人もPEになり得るようです)。

その国でPEを有している場合、そのPEに帰すとされる利益は、その国で課税対象となるのは、一般的な規則ですね。

日本とエストニアの間で結ばれている租税条約について

日本とエストニアの間には租税条約が結ばれており、二重課税を防止するために以下の税率が定められています。

エストニアとの租税条約のポイント : 財務省

配当利子使用料
免税(議決権保有割合10%
以上・保有期間6月以上)
10%(その他)
免税(政府受取等)
10%(その他)
5%

これは二重課税という個人や法人にとって不利な状況を是正するためのものであって、当然二重非課税(=両国で税金を払わなくても良い状態)を引き起こすことを目的には作られていません

租税条約を有効利用して節税を行うことをトリーティー・ショッピング(Treaty Shopping)、もしくは条約漁りというようですが、以下の文を見ても分かる通り、日本の居住者がエストニアに法人を設立することによって、租税条約を利用することはできないようになっています。

エストニアとの租税条約が署名されました : 財務省

第十条配当
71から3までの規定は、一方の締約国の居住者である配当の受益者が、当該配当を支払う法人が居住者である他方の締約国内において当該他方の締約国内にある恒久的施設を通じて事業を行う場合において、当該配当の支払の基因となった株式その他の持分が当該恒久的施設と実質的な関連を有するものであるときは、適用しない。この場合には、第七条の規定を適用する。

この手の日本語は読みづらいですね。むしろ英語の方が分かりやすいかもしれません。

7. The provisions of paragraphs 1, 2 and 3 shall not apply if the beneficial owner of the dividends, being a resident of a Contracting State, carries on business in the
other Contracting State of which the company paying the dividends is a resident through a permanent establishment situated therein and the holding in respect of which the dividends are paid is effectively connected with such permanent establishment. In such case the provisions of Article 7 shall apply.

第三国の居住者ではなく、租税条約の当事国の居住者における租税条約の利用(悪用)についての懸念や解決案は以下のテキストが参考になりました。

わが国の居住者等による二重非課税についての 租税条約の濫用の防止 (PDF)

エストニアとドイツ間の租税条約

エストニアは多数の国と租税条約を結んでいますが、租税条約の内容は国によって異なります。以下ではドイツとの租税条約を見てみましょう。

Agreement between the Republic of Estonia and the Federal Republic of Germany for
the Avoidance of Double Taxation with respect to Taxes on Income and on Capital (PDF)

(1) Dividends paid by a company which is a resident of a Contracting State to a resident of the other Contracting State may be taxed in that other State.
(2) However, such dividends may also be taxed in the Contracting State of which the company paying the dividends is a resident and according to the laws of that State, but if the recipient is the beneficial owner of the dividends the tax so charged shall not exceed:
(a) 5 per cent of the gross amount of the dividends if the beneficial owner is a company (other than a partnership) which holds directly at least 25 per cent of the capital of the company paying the dividends;
(b) 15 per cent of the gross amount of the dividends in all other cases.

上でいうcompanyは以下のように定義されています。

d) the term “person” means an individual, a company and any other body of persons;
e) the term “company” means any body corporate or any entity which is treated as a body corporate for tax purposes;

日本とエストニア間で結ばれている租税条約以上に、ドイツでの納税が多くなるように設計されているように見えます。

e-Residencyを通した企業設立のケース

具体的にどのようなケースがあるのか見てみましょう。

フリーランスとしてエストニア法人を通して各国の企業と仕事をする場合

Taxation – e-Residency

I currently work in Germany as a freiberufler (self employed), providing writing services in the IT and possibly travel industry. I travel a lot while providing these services, mostly to non German companies. I’d like to look at the possibility of running through an Estonian company, and would like to make sure the total gross income would not be considered German income, but only the “salary” I take out of the company.

In this case, Germany’s taxation rules apply to your company’s profits if the work is completed in a permanent establishment in Germany. If a company is managed from Germany by a tax resident of Germany, the company becomes tax resident in Germany.

ドイツの居住者がフリーランスとして活動しており、Estonia法人を運営しているが、世界各地を移動することが多い、また顧客はドイツ法人以外の企業が多い場合の質問。これも結局、ドイツ国内のPEと解釈される施設において、運営が完結している場合、ドイツで課税対象になると説明されています。これも結局複数の論点が次から次へと出てきて、結局専門家に相談しないと動けない状態になります。「ではドイツにおけるPEには何が該当するのか?」とか「ドイツで課税対象になっている人間によってドイツからマネジメントされている場合って具体的にどういう状態までを指すの?」とか、素人では判断できませんし、仮に判断できそうに見えても非常に危険です。

居住国での課税を避けられないのであれば、何がエストニア法人設立のメリットなのか

A company incorporated in Estonia can be claimed as tax resident of the country of residency of the single shareholder (because of CFC rules or just because of “management and control”). This would require to fill tax return in both Estonia and the country of residency. What are the benefits in incorporating in Estonia as a single shareholder/director because of the point above?

If your aim to avoid paying taxes in the country in which your company generates value, incorporating in Estonia will not explicitly be beneficial for you. E-Residency allows easy company incorporation and ease of management, which are both useful regardless of tax residency.

e-Residencyは居住国における課税を回避するためのものではなく、法人化やマネジメントの簡易化を目的としており、これらのメリットはどの国で課税されるかに関係なく有用である、と説明されています。これは事実ではありますが、結局一番面倒なのは毎年の会計処理と税務申告なので、法人登記だけをエストニアで行ったところであまりメリットがあるようには思えません。

e-Residencyの感想

実際にe-Residencyを使おうと思うと、色々と現実が見えてきます。今でもこの試みは面白いと思いますし、自分も申請済みですが、e-Residencyに関する表面的な情報を読んだ時とは随分と違う印象を持っています。

「まぁそんな上手い話はないよな…」といったところです。

これは結局、エストニア外部の企業や個人を、外交的に問題のない範囲で優遇しながら、その優遇を受けるために必要なサービスの提供を国内居住者に請け負わせることによって、外部からの資金流入を可能にしている形ですよね。湾岸諸国で採られている政策をマイルドな形でエストニアに移植したような印象を受けます。

EU加盟国でもあるエストニアが、全世界を対象にタックスヘイブン化するなどできるわけがありません。

とはいえ、会社設立を行う際のBureaucratic processに嫌気が差し、居住国での納税を当然のように受け入れた上で、それでも尚エストニアでの法人設立を行う人たちはいるでしょう。そして会社がエストニアにあるという理由で、実際にエストニアに移住する人も中には出てくるでしょう。湾岸諸国やシンガポールのような大規模な移住は起こらないかもしれませんが、中産階級、もしくはもう少し上の所得クラスの人間がエストニアに拠点を置き、ヨーロッパ、ロシア、トルコ、中東、北アフリカあたりを自由に移動するというのは、そこに行く理由がある人にとっては合理的に見えます。

日本でも登記には、実印や書類が必要で、登記メンバーが海外にいる場合、書類が国境を超えて各メンバーのもとに運ばれるという無意味なプロセスを経る必要があります。

この辺りの苦労は「北辞郎」という俗語を含む表現が多数掲載されており、活発に更新されている中日辞書を作っている組織のメンバーである方のブログ記事に載っています。

また、組合契約書には組合員全員の実印を押す必要があります(署名証明を提出する組合員は署名でOK)。北辞郎のLLPのように組合員が国内各地と海外に散らばっている場合、契約書の原本2部(提出用と保管用)を全員のところへ順番に郵送し、それぞれ押印してもらわなければなりません。

これは法人登記ではなくLLPの話ですが、21世紀の話とは思えません。

本記事でも說明したように、エストニア国外にいながらエストニア法人を作って節税するのは難しいわけですが、会社設立時に無意味にエネルギーを浪費するのを避けるためにエストニア法人を利用する合法的で健康的な(?)スキームは徐々に整えられていくのではないでしょうか。

ただし、そのためにはエストニアのe-Residencyシステムを最も必要としている人々への情報整備がなされることが必須です。国を跨いでマネジメントを行う際の納税先の決定方法や、PE認定される施設のある居住国において支払うべき税金の詳細などの情報がなければ、自国での登記が耐え難いほどに難しい場合にエストニアで法人を作って自国で納税するなど、極めてシンプルな用途でしか使えません(そのような国は会計システムも複雑になっていて、結局e-Residencyだけでは解決出来ない気がしますが)。

現実的な視点で見てみると、色々と課題や限界が見えてきます。

誤りや不明瞭な点があれば、Twitterでこっそり教えて頂けるととても助かります。

エストニアに関する書籍だと以下の書籍がオススメです。

未来型国家エストニアの挑戦 電子政府がひらく世界 (NextPublishing)
インプレスR&D (2016-01-29)
売り上げランキング: 935

こちらはエストニア電子政府に関する情報を網羅した書籍で、情報が広く浅くまとまっています。よくセールになっているので、それを待つのもありです(いつ再びセールになるかは知りませんが)。

個人的にはもっと具体的に個人や法人がエストニアの制度を有効利用するための書籍なり記事なりがでてきて欲しいなと思っています。機会があればエストニア居住者になっても良いと思っていますが、人口小国(約130万人しかいない)故の欠点があるため、その辺りも考慮して決断する必要があります。