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「文化への迎合」と「弱者からの搾取」が最適解であることを前提に生存戦略を考える

21世紀の生存戦略を考える

本記事では趣向を変えて、「最適解としての弱者からの搾取」を切り口に「生存戦略」を考えていきたいと思います。真面目に書いていますが、全て私個人の妄想であり、何ら科学的な根拠はありません。また全てを詳述せずに、一部で説明を簡略化しています(特に後述の4分類において)。

本記事における「搾取」は必ずしも金銭的搾取を意味しません。社会的地位、名声、関心、時間などの搾取も含みます。

まずは文化と行動様式について考えます。

ある文化圏における生存戦略について

ここでは「文化」を「分類の体系」として取り扱います。

確立された文化は強大で、もはや人間はその文化の奴隷である。社会的な規範となった文化に迎合することで人間はその社会におけるより良い地位を文化からの褒美として授与される。この過程に自由は必要ない。邪魔にさえなる。

文化が人間の社会的活動を通じて誕生するのが事実であったとしても、一旦確立された文化は、もはや一人の人間によってコントロールすることはできません。文化に抗うのではなく、文化に従うことによって、より良い生活を得ることができます。自分が属する文化が良しとするものを手に入れることで、より良い地位を獲得できるというわけです。

文化というと大げさですが、話し方、髪型、服装、能力、性格などです。迎合ではなく適応と表現したほうが分かりやすいかもしれません。これらに比べてより本能に近い選好基準には肉体的なものがあります。

留学や転勤等で住む国や地域を変えた際に、すぐには今まで通りの人間関係を構築することが出来ず、無力感に苛まれるのはこのためですね。語学力の問題ではなく、自身が身につけた行動様式が現地の文化コードに合致していなかったため、他者からの評価が以前よりも下がってしまうことはよくあることです。行動様式と文化コードの関係は、人種や性別、年齢によって大きく変わるため一概には言えませんが、平均的なアジア人男子は劣勢からのスタートを強いられることが多いでしょう。逆に今まで通りの行動様式を維持するだけで、今まで以上の待遇を受けられる場合もあります(文化コードと行動様式には互換性において上下関係が存在するため≠文化そのものに優劣がある)。

自分が適応している文化の力が強ければ強いほど、また通用する範囲が広ければ広いほど、自分が持つ「他文化に属する人間への力」も強くなります。文化間の力関係は、理論的にはジャンケンのようなもので、絶対的な強さがあるわけではないはずですが、事実上、強大な文化というのはどこに行っても強力であることが多いです。

その意味で、情報不足社会はある意味でジョーカー的な強さを持ち得ますが、情報不足社会自体が急速に縮小している上に、それらの社会が世界に与える影響力が小さすぎるため無視されます。また、自分が属している文化の強さを実感した時、人はその文化への忠誠をより強め、弱さを実感したときは、その文化を劣勢に立たせることになった他の文化への羨望を強めます(逆にエスノセントリズムが興る場合もあります)。言い換えると、結局は適応度も含めた自分の属性が自らの社会的位置を決めてしまうため、我々はこの面に関して機械的であると言えます。

現地の文化から相応の地位を与えてもらうためには、少なくとも表層的には文化コードに従った行動様式を身につける必要があります。

文化の支配下において文化への隷属を拒否した人間ほど、「文化の奴隷」から搾取されやすく、抗う術を持たない場合は、「文化の奴隷」の奴隷としての地位に押し込められる。極端に能力の高い例外的なごく一部の人間は、高い費用を払って象牙の塔に篭り身を守る。

当然ながら文化への隷属を受け入れた人間にとっての最適解は自分より劣った人間からの持続可能な搾取であり、川下流域の争奪戦は地球規模で行われる。

現地の文化コードを用いて解読できない人間、もしくは文化によって下位層に分類されてしまう人間は社会の中心からは排除されます。

文化における人間の4分類

文化への理解度と迎合度を軸に人間を4つに分けてみましょう。
※以下のどの分類にも当てはまらない方もいます。各分類の説明は完全なものではありません。また(1)~(4)間の優劣は意図していません。

(1) 理解度も迎合度も高い
文化をハックして利用できる人間。変化にも対応できる。(2)を操作。(3)の存在を認識。

(2) 理解度は低いが迎合度は高い
文化を盲信しているものの、迎合度が高いので、社会的身分は高い。根本的な変化に対しては脆弱。(1)を盲信。(3)を軽視。自分よりも下位に位置する他の(2)と(4)を搾取。

(3) 理解度は高いが迎合度は低い
象牙の塔に篭って身を守る。社会性に欠けると誤解されがち。(1)を傍観。(2)を警戒。

(4) 理解度も迎合度も低い
文化における最下層。

新しい文化やコミュニティは、まず(3)によって生み出され、(1)の素質を持つ人間がその喧伝を始め、(2)が徐々に増えていきます。キャズムを超えた時に爆発的に増えるのは(2)なので、社会において重要なのは、(2)に属する人間が如何に(2)内のヒエラルキーの上層に自身を移動させるかです。

(2)だけが爆発的に増えるのは、それが文化存続の条件だからです。文化の構成員の大多数が、その文化の背くような形で個性や創造性を発揮してしまう場合、その文化は存続することができないので、(3)や(4)が多数派になると文化そのものが変質します。故に(2)を増やせる文化の生存率が高くなります。(1)は多数決に近い仕組みで選ばれるので素質を持つ人間の数に関係なく、一定割合の人間しか(1)にはなりません(後述)。

(4)は最初こそ多数派であるものの、各文化の定着に従い、その数は急速に減っていきます。

※ここでは文化を遺伝子のように、「自ら存続を画策するもの」として扱っています。

最適戦略は下層からの搾取

Witch-hunt – Wikipedia

(1)と(2)にとっての最適戦略(最も手軽に利益を確保する手段)は、自分よりも 理解度と迎合度に劣る人間から搾取することです。社会において高い地位に位置する(1)や(2)にとっても(3)の扱いは容易ではないので、搾取や排斥が必要な場合は法律や政治などの道具が必要です。通常は(3)を搾取するよりも、(3)の既存の文化コードへの批判を抑えつけることに注意を払います。

つまり(2)と(4)からの搾取が一般人にとっての最適解になります。

彼らがプレイしているのは「文化への理解度と迎合度に劣る弱者を素早く感知し、合法的に搾取するゲーム」に他なりません。

世の中の大多数の人間が悪人であると主張したいわけではなく、「利益の最大化のために不道徳を働くことが最適解である人間が量産されてしまっている状況」が問題です。状況やプロトコルに問題があるのであって、人そのものに欠陥があるケースは少ないと思っています。そしてこの問題の元凶は、時代遅れで、科学の発展と人間の欲望を軽視している教育制度にあると私は考えています。

また他人の搾取を止めるインセンティブがないどころか、下手をすると自分が攻撃されてしまうため、構造を理解している人間がこの流れを止めようとすることは一部の例外を除いて基本的にありません。「根本的な異論を唱える人間が出現しづらい」のは長く存続しようとする文化にとって重要なことです。

暗号通貨における人間の4分類

上の分類を暗号通貨界にあてはめてみると以下のようになるのではないでしょうか。
※「暗号通貨界への迎合」の意味は明確ではありません。ここでは「自身を暗号通貨界のマジョリティに寄せる」くらいの意味で使っています。

(1) 理解度も迎合度も高い
ICO実施者。法的規制を避ける形で、世界中から貴重なBTCやETHを収集する。(2)をカモにする。(3)の存在を利用。

(2) 理解度は低いが迎合度は高い
イナゴ。よく分かっていないが波には乗る。理解度は(3)に劣るが、現状、動きの早い(2)は富豪になりやすい。(1)に乗る。(3)を無視。自分よりも下位に位置する他の(2)と(4)をカモにする。

(3) 理解度は高いが迎合度は低い
技術オタク。技術の理解度は高いものの相場に手を出さないため暗号通貨の投資リターンは低い。(1)を批判。(2)を軽蔑or/and羨望。

古参ホルダー。理解度が高い。相場にはあまり手を出さないが、HOLDのみで大きな利益を得ている。(1)を批判。(2)を鑑賞。

暗号通貨トレーダー。暗号通貨の仕組みを理解した上で、技術や金融の理解力を活かし、トレーディングを行う。トレーディング自体は割切。(2)の動きを予測して仕込むため、(2)の感覚も理解できる。(2)の頂点に位置する殿様イナゴとは迎合度の点で異なる。

(4) 理解度も迎合度も低い
外部トレーダー。暗号通貨自体に大きな期待をしているわけではなく、資産を増やす手段として割り切ってトレーディングを行う。既に株やFXで既に資産を築いている。

未参入組。暗号通貨の仕組みを知らず、また興味もない層。投資に興味を持ち(2)へ、技術に興味を持ち(3)へ。

文化は迎合度に応じた報酬体系を持たなければならない

文化は、その文化内での迎合度、あるいは貢献度に応じて、その文化に属する人間に対して報酬を支払う必要があります。報酬を得られないのであれば、文化に迎合したり貢献したりする理由がないので、文化の構成員がいなくなってしまいます。ビットコインのPoWもこれに近いですね。

先述の通り、文化の存続のためには、その文化への迎合度の高い構成員が一定割合を上回っていなければいけないので、行き過ぎた多様性や個性は文化を壊し始めます。文化が壊れても社会は続きますが、文化自身にとって、その変化は望ましくないものです。

また個人にとっても、あくまでも枠内の個性を追求する必要があり、枠を超えた個性を表現してしまうと周囲から上記の(3)や(4)としてラベリングされてしまう危険性があります。その意味で、文化コードに従った個性の表現は、新規の発色ではなく、既存の配色になります。

度を超えた個性は、文化の外側に分類されてしまいます。そして誰の興味を引くこともできず、社会的協同もできないため、何かしら致命的な出来事があった場合、割と簡単に死んでしまいます。

分野を問わず

暗号通貨界においてはまだそれぞれの手法が未発達であるだけに、迎合や搾取が可視化されているだけであって、この手のことは世界中で行われており、欲望にまみれた暗号通貨界だけに起こっていることではありません。

むしろ暗号通貨は(3)が比較的報われやすいという点で救いがあるとも言えます。ただしこの傾向は今後急速に変化し、報われる(3)は希少化してしまうでしょう。

いずれにせよ「自分がどこに位置しており、何が最適な戦略であるか」、「自分を搾取することが最適解である人は誰か」等を認識しておくことは、自分の生存戦略を決定する上で重要であると思っています。認識することによって、たとえ修羅の道を進むことになったとしても、引き返すことが可能になります。

より一般的には「複数の文化に移動できるようにしておく」、「自分が最も高く評価される文化を調査しておく」、「ある文化内で自分がどのように評価されるかを継続的に調査する術を持っておく」等が今後の肝になるでしょう。

斯様に思います。

上田「斯様に思います」