[最終更新日] 2018/01/16

佐藤航陽『お金2.0』は新しい共同幻想へのガイドブック

年始に前から読もうと思っていたメタップス佐藤氏の著作を読みました。

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)
幻冬舎 (2017-11-29)
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元々は『資本主義から価値主義へ』や『仮想通貨』というタイトルが候補になっていたようですが、著者と編集者の話し合いの末に『お金2.0』に決定したようです。

内容は佐藤氏がブログで公開している以下の2つの記事を、より掘り下げたような形になっています。

ブログのみならずTwitterも要チェックです。

報酬設計やテクノロジーが与えるお金への影響の文脈でビットコインやトークンエコノミーが触れられています。

全体として一貫しているのは「今後は人間の価値観が変わっていき、金儲けだけが全ての世の中ではなくなる」という主張で、著者自身の仮説と実証を元に持論が展開されています。

「ビットコイン」「中国における信用の可視化」「ベーシックインカム」「電子国家エストニア」など、旧世代の常識では理解しづらいトピックが網羅されており、21世紀的価値観の一つの可能性を示している好著です。

旧世代の常識では理解しづらいといっても、突飛な妄想を展開しているわけではありません。佐藤氏は自身で会社を経営する立場にあるので、自身の仮説を経営を通して検証できる立場にあり、最近では時間経済の実験として「タイムバンク」をリリースしています。

タイムバンクには『ビットコインダンジョン』の運営者であるビットコイナーのKoji氏も参加していますね。

全体的に面白かったのですが、個人的に秀逸だと思ったポイントは「持続可能な経済システムの構造」「経済と報酬系の関係性」「価値の3分類」あたりです。私自身が去年の10月半ばに打算的にブログやTwitterを始めたこともあって「信用経済や評価経済の拡がり方や落とし穴」も有益でした。

特に「価値の3分類」は今Twitterをはじめとする暗号通貨界隈で起こっていることを理解するためにも有用である気がしていて、興味深く読みました。

価値の3分類から考える価値観移行期の課題

書籍の中で、価値は①有用性、②内面的価値、③社会的価値の3つに分類されています。

この章で語られているのは「現時点では多くの人が有用性(お金)を重視しているが、徐々に内面的価値や社会的価値をも重視するような社会になっていく」というような内容です。我々が暗号通貨市場で目にしているように、今の時代は金余りの時代で、先進国において行き場を失ったマネーが後進国に流れたり(決して道義的な理由ではなく)、新しい経済圏である暗号通貨市場に流れたりしています。

実体経済の何倍にも膨れ上がった金融市場に左右され、しかも有り余っているお金の希少価値は相対的に小さくなり、自身の情熱や公益性の高いものに価値の軸がシフトしていくという流れは今後盛り上がるでしょう。そして収入や資産の多寡ではなく、道具としてのお金を適切に使う技術が希少価値を持つようになると思います。

この書籍の中でも、関心や信用、共感などをキーワードにいくつかの事例が挙げられています。中国の生放送で広く普及している配信者に対する投げ銭は暗号通貨界でも日常的に使われていますし、TwitterやInstagramのアカウントを持っている方はフォロワー数が持つ(正負の)意味を直感的に理解していると思うので、この書籍の中で説明されている共感や信用の役割は比較的理解しやすいと思います。

新しい価値観が足枷になることもある

ただ、私が気になったのは「内面的価値や社会的価値への強い関心のせいで、有用性に軸を置く経済圏では相対的に不利な状況に置かれることもあるのでは?」「内面的価値や社会的価値に重きを置く価値観が足枷になる状況もあるのでは?」という点です。

佐藤氏は「経済圏は選べるようになる」という旨のことを仰っていますが、過度期においては複数の軸が、各人の価値観によって部分的に採用される形になると思われます。その際に「1つの軸に大きくベットしている人に複数の軸を持っている人が勝てるのか?」「内面的価値や社会的価値に主軸を置く人々の経済圏は、現時点で圧倒的強者である有用性経済圏に変化を起こせるほどに強くなれるのか?」というのが私の疑問です。

この書籍では内面的価値や社会的価値のプラスの側面に焦点が当てられれていますが、例えば内面的価値に重点を置くあまり、有用性が優位になる場において合理的な行動が取れなくなることがあります。

「これをすれば金儲けできるけど、倫理的にできない」という状況ですよね。暗号通貨界隈に限らず、どこでも観測できる状況です。この場合、内面的価値や社会的価値は、負のインセンティブを与えていることになります。つまり有用性の観点からはプラスの価値を生み出すけれど、内面的価値や社会的価値の観点からはマイナスの価値を生むという状況です。結果的に、内面的価値や社会的価値の軸を持っているが故に、行動コストが高くなっています。

現時点で、多くの人は有用性に重点を置いているわけです。つまりお金を道具として使うのではなく、お金自体を絶対視するような拝金主義的価値観が蔓延している。多くの場合は必要に迫られて、もしくは教育の賜物として、拝金主義になっているのだと思いますが、無意識的に自分を含めた人間の価値を年収や資産で判断している人は少なくないでしょう。

本来、年収というのは「労働市場における」その人の価値だったはずです。範囲を限定することで、我々は不確かな人間の価値を数値として表し、数直線上に人間を配置することを可能にしました。しかし、これがあまりにも便利であり、社会や文化におけるお金の力があまりにも強いため、時に我々は「労働市場における」という条件を忘れがちです。

金、即ち人の価値。

便利ですからね。学歴も同じことです。人は加速度ではなく、速度や距離で他人を測るものです。つまり社会は初期値と環境に大きく依存するゲームです。

旧来の価値観によって発生する機会損失感に耐えられるか

内面的価値や社会的価値が一気に存在感を高めることができれば問題はないですが、過度期においては、有用性重視の経済圏に片足を残したまま、ゆっくりと内面的価値や社会的価値に重点を置く経済圏に参入するはずです。その時、有用性重視の経済圏に全てをベットしていたら得られたであろう有用性によって測られる利益を、新しい価値観への参入分だけ逃すことになります。

一般人がこれに耐えられるでしょうか?

既に金銭的成功を収めた人間が、内面的価値や社会的価値に軸足を移すのは今でも起こってることです。何も不思議なことはありません。

上のツイートは別の文脈で行ったものですが、この文脈に置き換えると「有用性重視の経済圏で一定の成功を収めていない層が、内面的価値や社会的価値を軸とする経済圏に移ることは可能なのか?可能だとしてそのような経済圏は有用性重視の経済圏に比肩するほどに強くなれるのか?」ということです。

次元の多さによって過小評価されることもある

また、自身が採用する軸が多ければ多いほど、周囲から過小評価される可能性も高まります。

x軸しか認知できない一次元人とx軸とy軸を認知できる二次元人の移動と認知を比較してみます。

一次元人は(0)から(1)へ移動します(x軸)。
二次元人は(0, 0)から(1, 1)へ移動します(x-y軸)。
どちらも移動速度は同じとします。

一次元人はx軸しか認知できないため、二次元人も(0)から(1)へ移動しているように見えます。しかも、一次元人は二次元人のy軸方向への移動を認識できないため、二次元人が自分よりも遅く移動しているように見えるはずです。

二次元人はx軸を認知することができるため、一次元人の速さを正確に認識することが可能です。多次元になればなるほど、低次元で生きている人間からはノロマに見える可能性があります。

この場合、二次元人は一次元人を自身と同じ速さを持った人間だと評価しますが、一次元人は二次元人を速さにおいて自身よりも劣る人間だと評価するでしょう。より多くの軸を持った人間が、より少ない軸を持った人間を適切に評価する一方で、より少ない軸を持った人間がより多くの軸を持った人間を過小評価する例です。
※低次元と高次元に優劣はありません。

この例では一方通行的な認知になっていますが、各人が複数の軸を自身の価値観に沿ってカスタマイズできるような社会になれば、上述のような「上位互換認知」の成立も難しくなり、他人の歩みを正確に認識することが不可能になった結果、「自分にしか見えない世界」が現れます。画一的な軸を放棄することは、社会的にコンセンサスの取れた人物像という幻想の喪失を意味します。もちろん客観的な人物像など実際には元から存在しないのですが、主観的人物像の加重平均のような社会的イメージは存在しました。今までの幻想の喪失と世界のカスタマイズによって、完全に一致する世界を他人と共有できなくなったとき、今までにない孤独を感じる人もいるでしょう。

複数の軸の採用とそれによって発生する「選べる経済圏の誕生」は、まさに「新しい共同幻想への移行」です。

「世界を変える」とは、全時代に塗り固められた社会の共同幻想を壊して、そこに新しい幻想を上書きする行為に他なりません。

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人格も評価軸や経済圏と共に分岐していく

そしてまた、分岐していくのは人格も同様で、複数のコミュニティに属している場合、そのとき自分が属しているコミュニティに応じて、人格を切り替えることも自然になるでしょう。これは利益を得るために演じるのではなく、人間の元々備わっている多重人格的なものを上手く振り分けられるようになるということだと思います。

今でもオフラインとオンラインで人格が違っていたり、あるいはTwitterで複数のアカウントを運用していて、それぞれに別人格を割り振っていたりする人は珍しくありません。人格というと大げさに聞こえますが、興味に応じて複数のアカウントを作り、個別のコミュニティを築くのは合理的なことです。

特にオンラインのアカウントは実名やソーシャルIDで特定の誰か一人に紐付けられている必要はないので、一人で複数の人格を管理したり、複数で一つの人格を管理したりすることも常識になると思われます。

人格の分岐や複合化などが進むと、新しい形の信用創造が生まれ、富の引き出しも可能になるでしょう。

思考や妄想の種としてもお勧めできる一冊です。

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※関連概念
想像の共同体 – Wikipedia

ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』も好著ですが、真面目に読むのは骨が折れるので入門書としては以下の本が優れています。

ベネディクト・アンダーソンの講演録と著者による解説で構成されています。