『マスタリング・イーサリアム』の翻訳に参加しました。

DAppsの夜明け? ~分散予測市場「Gnosis Olympia」トーナメントの所感と課題点~

プロジェクト紹介

明けましておめでとうございます。

私は現在、分散予測市場プロジェクトであるGnosisのトーナメントに参加中です。こちらはまだベータ版で、EthereumのRinkebyテストネットにおいて稼働しています。Olympiaに関しては以下の記事をご覧下さい。

分散予測市場のGnosisが誰でも参加できる予測トーナメント「Olympia」を開催
1週間ほど前にGnosisが分散予測市場トーナメント「Olympia」を開始しました。予測市場というのは、明日の天気や次の選挙結果、年末のハッシュレートなど、客観的に事実を確認できる未来の事柄を、参加者全員で予測しようというものです...

GnosisのDBに記録されているデータによると大体5万ユーザーが参加していて、18の市場が開かれました。トーナメントは終盤に差し掛かっていて現在開いている市場は2つのみです。

※追記
アクティブユーザー数5万人は実際のアクティブユーザー数ではなく、ユーザー投票による予測ユーザー数でした。申し訳ありません。こちらのデータによるとアクティブユーザー(売買をしたことのあるユーザー)は584人のようです。ただ、以下にも書いた通り私は一度6800位になっているので、仮にこれらの数字が正しいとすると、アクティブユーザー数が584人であれば、登録だけして売買を一切したことがないユーザーが91%以上を占めることになります。

私の順位は150位→6800位→15位を経て現在25位です。Resolutionを待つ結果が2つで、その2つは予測が的中したのでそれなりのOLYがもらえそうですが、余力のほぼ全てを「1月3日のEthereumのトランザクション数」の市場に掛けているため、最終的な順位はそれによって決定されそうです。

Gnosis Olympiaの概要

まず概要を説明します。White Paperに則った記事は後日アップロードする予定です。

予測市場なので「正確に未来を予測した人が勝つ」ゲームなのですが、まず投票のタイミングにポイントがあります。

例えば以下の市場の場合、お題に対して「YES/NO」で自分の予測を賭けるわけです。YESに賭ける場合、YESトークンを買う、NOに賭ける場合、NOトークンを買う形になります。

以下の画像を見れば分かる通り、この市場では圧倒的に「YES」が支持されていることになります。そして「YES」に対して100OLYトークンを掛ける場合、自分が入手できる「YES」トークンは約95であることが分かりますね。

以下の画像も同様で、「NO」トークンの場合、同数のOLYトークンで約2382もの「NO」トークンを獲得できることになります。

これは一般的なギャンブルと同じ仕組みで、人気の低い選択肢の方がリターンが大きくなるという仕組みです。故に大穴狙いということができるようになります。ただし、これにはいくつかの問題があります。

市場の非効率性

参加人数が少なく、またネットワークにトランザクションエラーが発生している場合、「確率的には明らかにYESが実現する確率が高いのに、市場においてはNOが優勢になっている」という状況が存在し得ます。例えばマーケットが開いた直後や、トランザクションエラーでトークンの売買ができない場合ですね。その場合、期待値の高いトークンを割安で獲得することが可能です。

またOlympiaトーナメントの場合、2日毎に200OLYが付与されるため、100人が共謀すれば2日毎に20,000OLYトークンを不正操作することが可能です。

1月3日のEthereumのトランザクション数を予測する市場の出来高が26000OLYしかないので、20000OLYトークンもあれば簡単に投票結果を操作することができます。9割りの捨てアカウントを作り、1割りのアカウントに有利なように操作することが可能です。

また購入した賭けトークンは清算を待たずに売却することができるため、あるアカウントが割安で購入したトークンの人気を、他のアカウントを使って釣り上げた後に売却を行うという戦略も考えられます。この場合、売却を予約することはできないので、無関係のアカウントに売り抜けられる可能性はあります。

これらの問題はOLYトークンという定期的に無料でもらえるトークンが存在することによって生じているので、不正操作によって得られる利益よりも不正操作を行うコストの方が高くなるように設定すれば防げます。故に金銭的価値を持つGNOが使われる本番では不正操作は大きな問題にはならないでしょう。

一方で市場の非効率性は本番環境でも生じる可能性が高い上に、深刻な問題になり得ます。

トランザクションエラーによる機会損失

またトランザクションはオンチェーンで処理されるため、このようにエラーが出てトランザクションを生成できない場合、不公平感が生まれてしまいます。実際私もトランザクションエラーによって一つの機会を逃してしまいました。故にEthereumのオンチェーン処理能力の向上(Shardingなど)やオフチェーン処理の導入(State Chennelなど)が重要になってきます。

ユーザー影響下の予測結果

トークン売買自体を操作するのではなく、予測対象を操作することも仕組み上は可能です。例えば「Ethereumネットワークのトランザクション数」や「Olympiaトーナメントの出来高」はユーザーによって操作することが可能です。前者は、EtherDeltaやCryptoKittiesなどEthereumにおけるトランザクション数の多くを占める主体によって操作可能ですし、Olympiaトーナメントの出来高は先述の通り少数のユーザーによるカルテルによる不正が可能です。

ただ、この辺りは市場の設定方法を工夫することによって改善が可能なので、クリティカルな問題ではないかと思います。OlympiaはuPortというブロックチェーン上でのアイデンティティ管理を可能にするソフトウェアと連携しているため、不正アカウントの乱立は防げており、将来的にはカルテルの検出なども可能になるでしょう。

オラクルとしての分散予測市場

Ethereumのスマートコントラクト(自動執行契約)は、Ethereumのブロックチェーン上に配置されており、一定の条件が満たされるとコントラクトコードが実行されます。ブロックチェーン内の処理に、ブロックチェーン内のデータを使うことは比較的簡単なことです。しかしブロックチェーン外のデータ(例えば天気や選挙結果)を取り込もうとすると難易度が一気に上がります。何故ならパブリックブロックチェーンはパーミッションレスとトラストレスという2つの特徴を維持する形で稼働しているため、何らかの状態変更があった場合、コンセンサスを経る必要があるからです。

このことは以前「イーサリアムガイド」にも書きました。

「トランザクション型シングルトンマシン」とは、イーサリアムのネットワーク内で生成されるトランザクション(≒取引)に基づく、マシンの単一の正統な状態が存在するということです。

例えばイーサリアムにはEthereum Virtual Machine(EVM)というチューリング完全なマシンがネットワーク上に存在し、私たちはコントラクト等を通じて、EVMを使用することが出来ます。もし仮に、マシンに「単一の正統な状態」が存在しないとすれば、一つのマシンに複数の状態が存在することになり、整合性が失われてしまいます。

そこで考案されたのが、「分散予測市場の結果を”神託”として使う」というものです。つまり実際の結果がどうであれ、一定のプロトコルに従って形成された結果を、あたかも”神託”のように扱い、それをブロックチェーン内に取り込むという手法です。なぜこのように回りくどいやり方を使うかというと、それが「非中央集権的である」と捉えられているからです。

「オラクル”としての”分散予測市場?そもそも分散予測市場”のための”オラクルが必要なのでは?」と疑問を持った方もいると思います。予測市場の結果を精算するためには「正解」が必要なので、当然の疑問です。しかし、ここでは別の機能について話しています。分散予測市場の結果を「オラクルとして」使うのです。オラクルのついては機会があれば別の記事でまとめたいと思います。

Olympiaを例に、「オラクルとしての分散予測市場」が機能するかどうかを見てみましょう。

これは「GDAXにおけるETHの価格が2017年末までに1000ドルを突破するか」という市場です。25日くらいまでは「YES」が10%くらい残っていましたが、年末になって一気に「NO」に以降した結果、99%の投票が実際の結果に一致する方へ流れました。

このように「時間の経過と共に正答率が上がる性質」を持つ市場は、投票が締め切られる直前には実際の結果の方へ一気に流れることが分かります。

一方で「ドバイの年末花火打ち上げ数記録は破られるか?」のようにイベントが終わってみないと判断ができないものは、最後まで投票が割れる傾向にあります。この市場の場合、現時点でドバイが持つ記録が圧倒的である故に、「NO」トークンを購入する人が多かったのだと思います。

いずれの市場も入手できるデータを駆使することによって正答率を上げることが可能です。トランザクション数の場合、EtherDeltaやCryptoKittiesのような多くのトランザクション数を生成するサービスの人気度やICOの実施状況によってある程度の予想ができますし、ハッシュレートやアクティブユーザーに関しても同様です。選挙結果や花火記録においても、世論調査や1位と2位の差異などで確率を上げることが可能です。

故に予測市場が盛り上がれば、サードパーティーによる情報提供も盛んになるでしょう。

分散予測市場の課題

GnosisのOlympiaは想像以上に面白く、UIも課題はあるものの直感的に理解できるデザインになっていました。以下に挙げる問題点が解消されれば、Ethereumのキラーアプリになると思います。

  • トランザクション処理≒Ethereum本体のスケーラビリティ
  • 機会の非対称性の解消
  • 法的問題(特にGnosisが拠点を置くドイツにおける)の解決、あるいは開発体制の分散化
  • 不正投票の回避
  • 少数によって左右され得る結果の排除

Gnosisの開発に今後も期待したいと思います。